映画エッセイ

映画を観て感じたことを軽い気分でつづります。

【映画】それでも夜は明ける|とことん人間の所業が恐ろしくなる「奴隷」という制度。

それでも夜は明ける

違法かどうかという以前の問題かと。

世界史の授業で奴隷制度を習ったときは、ここまで残酷なイメージがなかった。

今さらながら、自分の無知が恥ずかしい。

 

これが実話ベースというのが本気で恐ろしいのだが、

この映像以上のこともあっただろうと推察される。

 

何かしらそれらしい理屈をつけて、黒人奴隷を痛めつけるが、

あそこまでやるのは、欲求不満のはけ口以外の何ものでもない。

 

例え違法でなくたって、動物やモノにだって、あんな風にはできない。

 

痛みと苦しみでゆがんだ顔を見ても、ためらうことなくムチを振り続ける。

死なないギリギリで吊り下げられた奴隷のそばで、子どもたちが走り回っている。

あの光景は、この残酷な仕打ちが日常だったということを物語っていて、

絶望的な気分になる。

人間は、ここまで残酷になれるのか…。

 

当時、違法ではなく、価値観として普通だったのかもしれないけれど、

やらない人はやらないよね。

 

最後のシーンを「よかったね」と感じるか

「え…」と感じるか。

 

もう一度見たいと思う映画ではないけれど、

奴隷や差別について語るなら、「知っておくべき」だと思う。

キャスト

監督:スティーヴ・マックィーン

出演:キウェテル・イジョフォー, マイケル・ファスベンダーほか

あらすじ

1841年、ニューヨーク。家族と幸せな日々を送っていたバイオリン奏者ソロモンは、ある日突然誘拐され、奴隷にされる。彼を待ち受けていたのは、狂信的な選民思想を持つエップスら白人による目を疑うような差別、虐待そして”人間の尊厳”を失った奴隷たちだった。妻や子供たちと再び会うために彼が生き抜いた11年8カ月と26日間とは。

Amazon作品紹介より

 

【映画】マディアおばさんのドタバタNY事件簿 |とにかく、無茶で規格外のマディアおばさんが最高。

マデイ アおばさんのドタバタNY事件簿

こんな風に笑える映画に救われる日もある。

自粛、自粛で、行動範囲も発言もどんどん小さくなっている。

命にかかわることだから、めったなことが言えない。

ウイルスとの戦いにおいて、

「完璧に、完全に勝利」できないと思っている人と

「完璧に、完全に勝利」できると思っている人とのかみ合わない話を、

ショーとして見せられている気がして、地上波を見るのを辞めた。

 

今の時点で誰にも分らない(証明できない)ことを語る時には、

その人の死生観が少なからず影響しているような気がする。

 

「何が何でも死にたくない」

「いつかは死ぬのだから、仕方ない」

「自分はいいけど、死にたくない人を巻き込むのは嫌」

 

こういう死生観の違いって、「正解のない問題」の典型だと思う。

それぞれに自分の正解があって、それぞれに影響し合うから、

お互いに尊重しづらい。

親子ですら、全然違うことを考えていて、ちょっと歯車が狂うと

言い合いになってしまう。

 

衣食住そろって、暑さ寒さもしのげるのに、

なんか、窒息しそうだよねぇ。

 

ということで、一瞬色んなことを忘れられる映画。

マディアおばさんが、言いたい放題やりたい放題。

特に、強盗相手にマディアおばさんが見せるドライブテクニックは大爆笑。

にぎやかで騒々しいけれど、本当におもしろい作品。

笑って笑って、免疫力アップ!!

 

キャスト

出演:Tyler Perry, Eugene Levy, Denise Richards ほか

あらすじ

マディアが新作で帰ってきた! ウォール街投資銀行家が、マフィアの絡んだネズミ講型投資詐欺の犯人にされてしまう。証人保護プログラムの元、有無を言わさず、彼は家族全員で南部に住むマディアの家に居候することに。Amazon作品紹介より

 




 

【映画】ショーシャンクの空に|希望を持って、外の世界に出てみよう。

ショーシャンクの空に

つらさを自覚することが、最初の一歩。

主人公アンディが無実の罪で放り込まれたショーシャンク刑務所。

そこは、人権のじの字もないほど劣悪だった。

そんな過酷な環境での「希望」が、ひとつのキーワードになっている。

 

入るかどうか自分の意志で決められないのが刑務所だが、

何かに囚われて不自由を感じ、苦しんでいるのなら、囚人も同じだ。

 

私が中学まで育った田舎は、ものすごく過干渉で閉鎖的だった。

娯楽施設がひとつもない。本屋もない。時代的に当然ネットもなかった。

とにかく、やることがないので人の話ばかりしていた。

 

息苦しくてたまらなかった。

 

何もなくていいから、ただひとつ、大きな図書館があれば、

もっと豊かになれたのにと思ったりもする。

 

私は、あの町でずっと生きるのは無理だと思っていたし、

高校入学と同時に町を離れて下宿することが決まっていたので、

とにかく、それまで耐えようと思っていた。

ふるさとを離れることが「希望」だったのだ。

 

社会人になってから、「自由」を味わった。

しみついた田舎根性がさらけ出されて、恥ずかしい思いをしたこともあったが、

それでも、囚われない生活ができるのは幸せだ。

 

時々、田舎に帰ってみるが、いまだ本屋も図書館もない。

そして相変わらず、

「あそこは相続でもめている、あそこは孫が就職できないでいる…」

町の人は、他人の家庭事情を話すのが好きだ。

口の中に砂が入ってしまったような、ざらざらした気分になる。

美しい景色と、きれいな空気と、満開の星空が、ものすごくミスマッチだ。

 

今考えてみれば、私にとっては、田舎での幼少期は囚人みたいだった。

自分の力では、決して変えられない。あらがうので精一杯。

だから、外の世界に出ていくことが「希望」だった。

そして、外の世界には、思った通り「希望」があった。

 

たくさん本を読めた。色んな仕事を経験できた。親しい友達もできた。

面倒なことも時々起こるが、それは「自由」がもたらしたものではない。

裕福とは言えないけれど、衣食住の不自由はない。完璧に幸せだ。

 

なにかうまくいかない時に、原因を自分の中に探しがちだけど、

問題は「居場所」である可能性も、ゼロではない。

追い詰められてしまう前に、「希望」を持って、居場所を変えてみるのも

ありなのではないかと思う。

 

この映画は、悪党はとことん悪党に描かれている。

ハンカチをギリギリと噛みちぎりたくなるほど、憎たらしいのだ。

ラストシーンを観た今の気分を書くと、ネタバレになるので、

「ぜひ味わってほしい。」とだけ。

 

キャスト

出演:ティム・ロビンス, モーガン・フリーマン, クランシー・ブラウンほか

あらすじ

1947年、若くして銀行副頭取を務める優秀な銀行員アンドリュー・デュフレーン (アンディ)は、妻とその愛人を射殺した罪に問われる。無実を訴えるも終身刑の判決が下り、劣悪なショーシャンク刑務所への服役が決まる。Wikipediaより

 


 

【映画】私の中のあなた|命とは、一体誰のもの?

私の中のあなた

決して責めませんけども。

 病気の姉を助けるためにつくられた試験管ベビーの妹が、親を訴える!! 

入り口は、だいぶセンセーショナルだが、展開は意外な方向へ。

 

確かに、ラストは感動的だった。

でもなぁ…。

 

妹の命に対する扱いが、あまりにも軽く思えて

「なるほどそうですか」とはならなかった。

 

序盤からずっと、この姉妹の命は完全に母親の持ち物のようだった。

一体、誰を満たすために生かされているのか、見失ってしまう。

自分のスペアとして生まれた妹につきっきりで世話をしてもらいながら、

妹の命を削ってまで、生きながらえたいと願うだろうか…。

その願いは、自分よりもむしろ「母親」のものだ。 

 

息子をものすごくかわいがってくれた義父が、癌の治療を拒否したとき、

正直、寂しさを覚えた。

孫のために病気と闘ってくれるとばかり思っていたのだ。

かたぶつで口下手な義父が、孫と一緒の時はとても饒舌で幸せそうだったから。

 

義父がホスピスを選んだ時、別れを選択したんだなと思うと

取り残されていくような寂しさがあったが、

息子のために最期まで闘ってほしいとは、言えなかった。

義父の命は、義父のものだから。

 

色んな死生観があると思うけれど、私は、

苦しみながらでも最期まで闘って死ぬのが立派だとは思わない。

そこまでして、生きた証を残したいとも思わない。

どのくらい先のことになるかわからないけれど、

別れを覚悟したら、息子に「毎日楽しかった、ありがとう」とだけは言いたい。

そう言えるように、ますます楽しく、面白おかしく生きたいと思う。

 

この映画は、生きることと死ぬこと、命は一体誰のものか?ということを

考えるきっかけになる。

 

キャスト

出演:キャメロン・ディアス, アビゲイル・ブレスリン, アレック・ボールドウィンほか

あらすじ

私の命はオーダーメイド。姉を救うために生まれた。でも今、私はその運命に逆らって、大好きな姉の命を奪おうとしている―。ケイトに生きて欲しい―その想いは、家族みんな同じだと疑わなかった母・サラは、ある日、信じられない知らせを受ける。「もう姉のために手術を受けるのは嫌。自分の体は、自分で守りたい。」と、アナが両親を訴えたのだ。病気と闘いながらも幸せだった家族に訪れた、突然の出来事。いったい何故、アナは大好きな姉を救うことをやめる決意をしたのか?そのアナの決断の裏には、驚くべき真実が隠されていた―。Amazon作品紹介より

 


 

【映画】プライベート・ライアン|20数年ぶりにあらためて観た感想は、あの時と全く別物だった。

プライベートライアン

正当化しなければ、やってられないのが「戦争」なのか。

ノルマンディ海岸に命からがら上陸した主人公ミラー大尉に、ある命令が届く。

その内容は、「4人の息子のうち3人が戦死してしまった母親のもとへ、

末の息子ジェームズ・ライアンだけは生きて還してやれ」というものだ。

 

敵がうじゃうじゃいるやばい状況の中、どこにいるかもわからないライアンを探して

命がけで適地をくぐり抜けなければならない8人の兵士たち。

全員、モヤっている。当たり前だ。

 

「俺たちにだって母親はいるのになんでコイツは特別なんだ。」

 

ひとりまたひとりと、ライアンにたどり着く前に仲間が撃たれていく。

苦痛で泣き叫ぶ仲間に、せめて最期は楽に逝かせてやろうと

痛み止めのモルヒネバツバツン打ちまくる。

 

その仲間を撃ったドイツ兵が、この場は勝ち目がないと投降した。

必死で命乞いをするドイツ兵に同情したのか、「戦時国際法」を守るという建前で

逃がした時、仲間うちでついに小競り合いが起こる。

そこでトム・ハンクス演じるミラー大尉が

「この任務を無事にやり遂げることで、故郷の妻に胸を張って会える。」

と、その場を収める。

 

公開当時、20代だった私は、

「さすがミラー大尉、上司はこうでなくちゃ。」

と、拍手を送った。

 

しかし、今では、ミラー大尉のこの言葉は本気で怖い。

そんな風に正当化しなければ、やってられないということなのだろうか。

この戦争が、ここにいること自体が、間違っているとわかっているはずなのに

言えない。引き返せない。

 

映画冒頭の、「ノルマンディ上陸作戦」は、地獄絵図だ。

実際この作戦に参加した元兵士が、この映像の忠実さをこう表現していた。

「この映像に足りないのは、臭いだけだ。」

 

なぜここまで、残虐になれたのだろうか。

命がけで殺しあう大義名分は一体何なのだろう。

そこにどんな正義があったのだろう。

歴史をあまり熱心に勉強していない私は、「この狂気の源は何なの!?」と

背筋が寒くてたまらなかった。

 

ミラー大尉は、勇敢で立派な人だ。

部下をひとり失うたびに、その10倍の人を救っていると自分に言い聞かせる。

いい人だから、「無謀」を「正義」に変換して最後まで粘り強く戦ってしまう。

 

私は勇敢で立派な人ではないから、あの場にいたら多分、

砲弾の音が鳴りやむまで、浜辺で死体のふりをする。

ワンカップでもひっかけて臨んでいるだろうが、

例え酒の力を借りて気が大きくなっていたとしても、

弾が飛んでくる方に向かって突撃していくのは、絶対に無理だ。

想像しているだけで、まともな神経でいられなくなりそうだ。

 

その戦いに意味を持たせなければ、やってられないのかもしれない。

けれど、「先人が命がけで戦ったからこそ今の自分たちがある」というような

きれいごとには、私はどうしてもなじめない。

 

先人が半狂乱で死んでいった代わりに私が存在するというのなら、

存在しなくてもいいから死なないでほしい。

 

ミラー大尉やライアン二等兵のような勇敢で立派な人が大勢いたことと、

戦争の美しい面を見ようとすることとは、まったく別のことだ。

何か得るものがあるとしたら、

「問題解決のために、二度と戦争という手は使わない」ということくらいだろうか。

 

この映画のひとつのキーワード戦時国際法

「民間人や負傷者、降伏者を攻撃してはいけない」など

戦争にも色々とルールがあるらしい。

やるからには正々堂々!! とでも言いたげだが、

「放火はするけど火事場泥棒はしない」みたいな気持ち悪さを感じる。

 

この映画は、ドイツ VS. アメリカの一コマをアメリカ側から描いた映画なので、

正義はアメリカにあり!

というニュアンスが最後までぬぐい切れない。

ちょっとWikiで調べただけでも、当時のドイツはやり過ぎだから、

ドイツ人てやつは…という気分にならなくもない。

 でも、この映画の神髄は、そこではない気がする。

 

あえてミラー大尉やライアン二等兵に心を寄せ過ぎず、

このリアルな残虐シーンからも目をそらさず、

とち狂った戦争の犠牲は計り知れないという視点で見ることをおすすめしたい。

 

アメリカ兵もドイツ兵も、良き父、良き夫、良き息子、良き兄弟だった。

きっと、そうだ。

 

キャスト

監督:スティーヴン・スピルバーグ

出演:トム・ハンクス, エドワード・バーンズ, トム・サイズモアほか

あらすじ

ノルマンディー上陸作戦を成功させたアメリカ軍だったが、ドイツ国防軍の激しい迎撃にさらされ多くの戦死者を出してしまう。

そんな中、アメリカ陸軍参謀総長ジョージ・マーシャルの元に、ある兵士の戦死報告が届く。それはライアン家の四兄弟のうち三人が戦死したというものだった。

残る末子ジェームズ・ライアンも、ノルマンディー上陸作戦の前日に行なわれた空挺降下の際に「敵地で行方不明になった」という報告が入り、マーシャルはライアンを保護して本国に帰還させるように命令する。

Wikipediaより

 

 

 

鬼滅の刃は2期の前にマンガで完結しておくことをおすすめする6つの理由

鬼滅の刃


劇場版 鬼滅の刃 無限列車編は、歴代興行収入を更新し、

鬼殺隊炎柱 煉獄杏寿郎は、2021年2月8日現在『371憶の男』である。

 

私はこれまで、マンガにもアニメにも全く触れない一般的な40代だったのだが、

アニメ鬼滅の刃の圧倒的なクオリティに感動し、

今日現在、無限列車に4回も乗り込むという熱狂ぶりである。

 

そして、マンガで完結まで読んでから臨んだ、4回目の乗車で一番泣いた。

あり得ないくらい泣いた。

別に嫌なことがあったわけではない。

 

この人気からして、アニメ2期(無限列車の続き)は制作されるはずだが、

今のところまだ制作決定の発表はされていない。

(※2/14に、アニメ2期 鬼滅の刃遊郭編 制作決定が発表された)

だいたい、製作決定を発表してから半年から9ヶ月で放送と言われているので、

仮に今日、制作決定の発表がされても、アニメで観られるのは秋以降となる。

 

アニメ鬼滅の刃は本当に素晴らしい。待ち遠しい。

しかし、私は、あえてマンガで完結しておくことを強くおすすめしたい。

 

1.図らずも刺さってしまうネタバレという名の凶器。

YouTubeを筆頭に、そこいら中にネタバレがあふれかえっている。

私はアニメ版のガチ勢だったので、死に物狂いで避けていた。

猗窩座との闘いで奥義煉獄を繰り出す直前の煉獄杏寿郎のごとく、

満身創痍で日々YouTubeのおすすめ動画機能と闘っていた。

がしかし、サムネイルで負傷。

「え、そんな…それ以上言わないでくだせぇ…言わ…ないでく」

チーン。

あっけなかった。

もうほんと、これはしょうがないんだけど、

望まない不意のネタバレって、本当、心が折れる…。

 

 2.柱や鬼たちの考察動画がものすごく面白い。

よく調べたなぁって感心するほど詳しい考察動画がたくさんある。

煉獄さんが柱になる前、柱になってすぐの解説もある。

無限列車編で、魘夢(えんむ)が炭治郎たちに見せた幸せな幻。

なぜ、煉獄さんだけは、あんなに寂しい夢だったのか。

腑に落ちて、泣けた。4回目の煉獄兄弟のシーンで、えづいた。

柱最強ランキングも面白い。

 

3.柱の中でも、煉獄さんがいかに強いかがわかる。

物語が完結に近づくにつれて、煉獄さんの強さが証明されていく。

もちろん、互角に戦った猗窩座が強かったから、という単純な結論ではない。

猗窩座はあくまで上弦の参、TOP3だ。

猗窩座より強い上弦が、まだ2人いる。これが覆るわけではない。

それでも、煉獄さんの強さは証明される。

これを知ってから再び猗窩座との戦闘シーンを見ると鳥肌が立つ。

 

4.鬼たちの過去が悲しすぎて、感情 VS 感情のボルテージが上がっていく。

鬼たちは、みな、元々は人間である。

残酷な鬼になってしまったのは、人間時代の悲しい背景がある。

思わず同情してしまうような、辛い辛い過去。

猗窩座の過去は、特にしんどい。

それを知ってから再び煉獄さんとの戦闘シーンを見ると鳥肌が立つ。

 

5.時代設定が整理される。

何百年も生き続けているラスボス鬼舞辻。

その執念深さ、その鬼畜ぶり、あんた一体、何があったのさ…と思う。

お館様との接点は?

 

鬼舞辻の因縁を知るためには、かなり時代をさかのぼらなければならない。

それに、メインイベント上弦の壱「黒死牟(こくしぼう)」や、

この物語の核を握る「継国縁壱(つぎくによりいち)」、

煉獄父や、ある現役の柱との関係・・・。

ものすごく面白いが、若干ややこしい。

 

ちなみに、私は、マンガで2回読んでやっとつかんだ。

これを知ってアニメ2期を迎えれば、感動は何倍になるだろうかと思う。

 

6.深く、長く幸せにひたれる。

 アニメ2期を待って感動するのも、もちろんいいと思う。

どうなるんだどうなるんだと、毎週ドキドキを味わえるだろう。

けど、その楽しみは、ずいぶん先になりそうだ。

2期でどこまで映像化するのかわからないけれど、2クールやったとしても、

とうてい完結までは持っていけない。

おそらく、アニメ版の完結までは、数年がかりだろう。

途中、劇場版がもう一回くらいありそうだし…。

 

マンガで完結しておくと、アニメや映画でもっと感動すると思う。

それに、感動した気持ちは、しばらく続くだろうし、

柱たちのセリフも重く、深く味わえるのではないかと思う。

劇場版で観たい場面はどこ? っていう考察も楽しめる。

 

単純に、今日から楽しいことが増える。それが一番かな。

 

【映画】天使のくれた時間|これはズルいわ~名作だけど。

天子のくれた時間

同時に持てないからこそ、尊いんですけども。

私たちは、日々、選択し続けている。

パンかライスかくらいのことはまぁいいとしても、

就職や結婚など、大きな選択にはフィードバックがつきものだ。

 

A社かB社の2択で、A社を選んだ場合、B社を選んだ自分は消える。

A社で働きながら、B社での同時刻の働きっぷりを確かめることはできない。

 

後で選びなおすことはできるが、

「A社」を選択するということは、選択しなかった「B社で働く同時刻の自分」

を捨てるということだ。

「B社を選んでいたら…」と想像はできるが、同時に見ることはできない。

 

私は、パラレルワールドの存在には懐疑的だ。

面白そうだけれど、やっぱり存在してほしくない。

時間が巻き戻せた上に別の世界線にいけるとなると、きっと飽きてしまう。

 

うまくいかないことが続くとき、違う選択をすればよかったと

つい後悔してしまうことがある。そういう時は、

「ちょっと、あんた、今より勝てる計算してないか?」

と自分につっこむことにしている。

なんなら状況がもっと悪いとか、この程度でむしろラッキー、

だった可能性もあるわけで。

 

「後悔」は無意味。

だけど、「もっといい方法」を学習するのは、大事なことだと思う。

 

「これからは、もう少し聞く耳を持とう」とか、

「大事なものは決まった場所に置こう」とか。

 

今の自分は、レールのように、過去から直線的に伸びてきたものではなくて、

色んな経験(小さな点)がつながって線になって網になったものだと思う。

無意味な点などない。一つ欠けても、今の網にはならない。

 

だから、この映画はズルいと思う。名作だけど。 

キャスト

監督:ブレット・ラトナー

出演:ニコラス・ケイジ, ティア・レオーニ, ドン・チードルほか

あらすじ

ウォール街で成功し、豪華な暮らしをしていたジャック(ニコラス・ケイジ)はある日、突然、違う人生をおくっていた!目覚めるとそこは今まで見たことがない部屋。横には13年前に別れた恋人ケイト(ティア・レオーニ)が眠り、二人の子供のパパになっていた。 「その世界」でのジャックは現実とは全く違うタイヤセールスマンの平凡な夫。やがてジャックに、現実の世界へ戻る時が近づいてくるが…。Amazon作品紹介より