映画エッセイ

映画を観て感じたことを軽い気分でつづります。

【雑感】もう、情報に疲れない。

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昨年は、新型コロナ対策やアメリカ大統領選など、意見がまっぷたつに割れる「二極化」を痛感した。

特定のメディアだけを情報源にしていると、あるところで、
「いや、そこまで言い切っていいの?」という地点にたどり着く。
試しに違うメディアに変えてみるが、やっぱり同じ地点にたどり着く。

 

結局、わたしの出した答えは、
「そこまで言い切っていいの?」という姿勢でい続けよう、ということだ。

 

将来的には、全体像がわかるだろう。わからない可能性もあるが。
いずれにせよ、今は、できることを粛々とやり続けるしかないのだ。
粛々とやり続けてきたことの、過不足がわかるまで。

 

それはさておき、メディアには色々な情報があふれている。
皇室・外交・政治・経済・教育…。
情報というよりも、「個人の意見」があふれているというべきか。
ひとりひとりが自分の考えを持つことが大事だと言われるが、
前提となる情報の選び方は、もっと大事だと思う。
そこで、情報を疲れずに選択する工夫を考えてみた。

 

 

 

1.そもそも「正しいこと」は簡単にはわからないと肝に銘じておく。

日本人はすでに集団免疫を持ってる説、たちの悪い風邪説、未だ変異を繰り返しているヤバいウイルス説、どれを聞いても、何となくそんな気がする。
ただ、今の時点で凡人の私にはっきりとわかることは、
「専門家でも、まだ完全に正体がつかめていないらしい」ということ。
ならば、凡人の私に結論など出せるはずがない。
つまり、正体をつかもうとすることは、今、私がやることではない。

そうやって、やらなくてもいいことをどんどん切り捨てていく。
必要だと感じたら、拾いなおす。
綱渡りではなく、波乗りのイメージで。

 

2.発言者の主観(意見)とデータを切り分ける。

時々、何を根拠に?と思うような言論がまかり通っていることがある。
キーワードは「普通、〇〇しますよね?」
普通ってなにさ。
言論人が誰かを批判している時に「普通」が出たら、要注意。


〇〇する→普通の人→正解
〇〇しない→普通じゃない→間違い

でもその「普通」って、その人の主観。
私は最近、2ちゃんねる創業者のひろゆき氏の得意技
「それってあなたの意見ですよね?」を常駐させている。

3.でっかい主語のご意見は、ざっくり浴びておおかた切り捨てる。

これも「普通は〇〇」に近い。
「母親は」「男性は」「大人なら」という、壮大な主語を使う意見は、
賛同も得られやすい反面、反感も買いやすいと思っている。

そもそも人間て、そんな風に大きくカテゴライズできるものだろうか?
「大人は、察して動く。」
「お母さんは、早起きして手作りのお弁当を作る。」
「アニメは、幼稚でくだらない。」
まぁ、そうなんでしょうね、あなたにとっては。

そう、あなたにとっては、ね。
冒頭の「 I think~」を常にお忘れなく。
といっても、お忘れになるだろうから、
こちらでつけよう、「 You think ~」

でっかい主語でカテゴライズするってことは、
自分に都合がいいだけのことを、万人に当てはめる行為。
聞く必要ない。アイシンク。

 

4.個人への攻撃をする言論人の意見からは離れる。

言論人の発言は、聞いているうちに、ものの見方が変わったり、選択肢が増えていくので、とてもためになると思っている。
>ただ、自分と違う意見を持つ人に対して、Twitterなどで個人の批判をし始めるのを見ると、すごくがっかりしてしまう。
意見に対する反論ではなくて、個人への批判は、理論崩壊の断末魔
「負けました」の合図だと思っている

以降、聞く耳を持てない。
この合図が出た場合、そっとフォローを外すことにしている。

 

5.なんでも対立構造にして考えない。

目の前に違う意見があったとして、なんでもかんでも対立させて考えていると、ものすごく視野が狭くなる気がする。
命か経済か、0か100か、みたいなね。
答えは常に対立した二極で、一方が勝てば一方が負けるという
考え方は、すぐに詰んでしまう。

なぜなら、答えが「人それぞれ」とか「時期による」になってしまうから。

私の業界でも、100万円あれば十分乗り切れる人と、100万円程度ではどうにもならない人がいる。
ランニングコストが全く違うのだから、平等に助けるなんて無理だ。

そもそも、こんな瀕死の状態を延命してもらっても、再度同じ状況になればそこでまた瀕死に直面。
こういう状況は、一度経験してしまうと、想定外だった頃には戻れない。

個人的には、最低限の生活費さえ保障していただければ、
将来性のない仕事まるごと救ってもらう必要はないと思っている。
ベーシックインカムさえあればなぁと、つくづく思う。

こういう考えの人が、どのくらいいるかはわからないけれど、
少なくとも、「命か経済か」という対立構造では、
私たちのようなケースが紹介されることはない。

 

まとめ

情報に良いも悪いもない。
受け取った側が、どう活かすか、だと思っている。
情報に振り回されて疲れないように、
発信者の主観を取り除くフィルターと、いったん離れる勇気を
常に持っておこうと思う。